自分の時間、子供の時間

2016年05月21日 - カテゴリ:人生について
現代は本当に忙しいと思う。

自分のキャリアのための勉強、老後資金の確保、子供の教育、親の介護、…。全てをこなそうと思えば思うほど、自分の人生ががんじがらめになっていくような感じだ。

それでも、私は、自分の子供と一緒に過ごす時間だけは、確保したいと思っている。

子供の学費さえ、どうなるか分からない。もし、将来子供が海外留学に行きたいと言い出したら、と考えると真っ青になる。

それでも、私は今子供と一緒に過ごす時間を犠牲にしてまで働きたいと思わない。

自分の老後がどうなるかわからない。もしかしたら、本当に質素な生活になる可能性だってある。

それでも、私は今子供と一緒に過ごす時間を犠牲にしてまで働きたいと思わない。

たとえ自分が子供と一緒にいる時間を犠牲にしてまで働いて、お金を稼ぎ、老後が安泰になったとしても、もう自分の子供が幼くもっとも愛らしい時間は帰ってこないのである。

色んな所からお金が出るメディアも、必死に皆をあおる。

子供を大学まで通わすなら○○○万円必要ですよ。老後を豊かに過ごすなら○○○万の蓄えは最低限持っておきたい。

だから、みんな一所懸命働く。

近所並に、もし可能なら近所の人以上の水準の生活がしたい。おいしい物が食べたい。旅行したい。

そして、共働きで働き、子供は保育園へ。

保育園が足りない、行政が悪い、日本死ね…。

みんな、将来を見据えるあまり、現在が疎かになっていないか。

個性が大切、とスローガンを掲げておきながら、マニュアルに沿った人生じゃないと安心できない。他人と違う人生を歩むのを怖がる。

私にとって、最も大事なのは、私の家族、私の子供である。その他のものは付随的なものに過ぎない。

私が子供との時間を犠牲にして一所懸命働いて、たとえ金持ちの老人になったとしても、大人になったわが子を若返らせるのは不可能である。時間は帰ってこない。

セネカは言う。

「生を終えねばならないときに至って生を始めようとは、何と遅蒔きなこと。」

自分の人生を生きるとは何か。自分にとって大事なものは何なのか。

人はいずれ死ぬ。限られた時間をどのように配分するのか。ちゃんと考えて生きたいものだ。

参考資料:
セネカ著、大西英文訳、『生の短さについて』、岩波書店、2015