探究心を貫いた事例について - ヴェサリウスとハーヴィー

2016年04月29日 - カテゴリ:探究心について
探究心は、人間を突き動かす原動力である。

著名な解剖学者にアンドレアス・ヴェサリウスがいる。中世ヨーロッパの人で、近代医学に大きく貢献した。彼は、それまで議論さえもされなかったガレノスの古典的な知識を盲信することなく、人体を自分の目で確かめ、観察することを重視した。

例えば、それまでは心臓の心室は3つであることが当たり前であり、誰も疑わなかった。しかし、ヴェサリウスは、自身の観察により、心室が4つであることを主張し、従来の知識を覆した。

ヴェサリウスが既存の常識を覆し、解剖学において重要な足跡を残したその原動力は何だろうか。その一つに、彼の人体に対する飽くなき探究心を挙げることは誤りではないだろう。

ヴェサリウスの解剖に対する探究心を示すエピソードがある。彼は、子供のころ、近所の犬や猫などの小動物を捕まえては、バラバラにしていたという。また、絞首刑にされた人の死体を勝手に持ち出したこともあるという。

全ては、人体に対する飽くなき探究心からであった。こういった探究心があったからこそ、ヴェサリウスは確固たる観察眼を持つことができ、当時の古びた常識を覆すことができた。

まあ、もし現代、特に日本で、ヴェサリウスのように小動物の解体をやっている子供が近所にいたら、周辺の住民からすればショッキングな出来事だ。小動物に矢が刺さっているのが見つかると全国ニュースになる。私も、近所に人間の手によってバラバラにされた小動物の死体などを見つけたら、気持ち悪く感じるだろう。

さて、ヴェサリウスの時代から近代に進んで、舞台をアメリカに移そう。

アインシュタインを知らない人はいないだろう。相対性理論を始め、数々の革新的な理論を世に出した天才だ。

それでは、アインシュタインが死んだ後、彼の脳に起こった出来事をご存じだろうか。

アインシュタインが死んだ後、彼の脳は検死を担当していた医師トーマス・ハーヴィーによって、勝手に持ち出されたのである。

アインシュタインの脳は、写真を撮られた後、240ものブロックに解体された。そして、その解体された脳のブロックは、様々な学者へと送られ、研究された。その結果、アインシュタインの脳についての解明が進んだという。

普通の倫理観を持った人間なら、他人の脳を勝手に持ち出す、なんてことは考えもしないだろう。ただ、私が考えるに、おそらくハーヴィーは、アインシュタインのような不世出の天才の脳が、何の解明もされないまま、燃やされることに耐えられなかったのではないだろうか。

科学者の探究心は、かくも常識を超えたところに行き着くようである。

こういった先人たちの飽くなき探求心には、私たちの学ぶべきところがある。特に、常識に囚われずに物事を究明する、という姿勢は大事だと思う。

哲学者のショーペンハウアーは、読書することについて戒めている。読書することは、自分で考えることを放棄することを意味するのだ。

世の中の常識にも同じことが言える。

常識を守っている限り、常識に守られている事にもなり、生きやすくなる。特に日本ではそう感じる。しかし、何となく雰囲気で作られた常識に縛られていては、生きる屍、もしくは社会に飼われた家畜のごとき存在ともなろう。

常識に従うことが悪いのではないが、何も考えず常識に縛られているだけではだめだろう。

時には、餌を与えてくれる常識という名の小屋を出て、自分で食べ物を探すことも必要だろう。

たとえ、その行為がどれほど非常識なものであっても、自分の知性と経験を信じるのだ。

参考資料:
「アルバート・アインシュタイン」、『ダイのダイ事典』
http://daiencyclopedia.web.fc2.com/sakuin/011a/a_albert-einstein.html