スポンサーサイト

--年--月--日 - カテゴリ:スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



NHK総合「ふたり」 宮崎駿と宮崎吾朗

2011年08月09日 - カテゴリ:テレビ番組
今日、8月9日、午後7:30から、NHK総合で「ふたり」というドキュメンタリー番組を放送していた。

番組のタイトルは、

「ふたり」宮崎駿×宮崎吾朗 コクリコ坂・父と子の300日戦争

というものだ。

なお、ネットで調べると、「宮崎」は正しくは「宮」らしい。だから、本来ならば「宮駿」と「宮吾朗」なのだそうだが、どちらの表記でもかまわないのだろう。

この番組がとてもよかった。テレビの電子番組表で知って途中から見たので録画をしていなかったのだが、とても後悔した。

NHKもNHKだ。こんなにすごいドキュメンタリーを放送するなら、予告くらいしてくれてもいいだろうに。低レベルのくだらない韓国ドラマの予告は見たが、このドキュメンタリーの予告は見たことがない。まあ、あまりテレビをつけない我が家ではあるけれども。ただ、NHKは再放送をよくするので、このドキュメンタリーの再放送もするかもしれない。是非、してほしい。

宮崎吾朗は、宮崎駿先生の長男で、1967年1月21日に生まれた。宮崎駿が26歳の時だ。番組によると、宮崎駿は子煩悩だったそうで、親子の姿を描いたスケッチが数多くあるらしい。また、吾朗が生まれた当時、駿は吾朗のために作品を作ったこともある。「パンダコパンダ」は、5歳の吾朗のために作った作品だとか。ただ、吾朗のためでなくても、子供のために作品を作るというのは、宮崎駿の特徴だろうと思う。

宮崎駿作品(初期):
パンダコパンダ [DVD]
アルプスの少女ハイジ(1) [DVD]
アルプスの少女ハイジ Blu-ray メモリアルボックス

さて、番組は、偉大な父・宮崎駿の息子として世に生を受けた吾朗の苦悩を中心に取り上げている。ただ、合間合間に、アニメーターのプロとして、一個の父として、吾朗を叱咤し見守る駿先生の苦悩も見て取れる。私自身は、偉大ではあるが無名の一介のサラリーマンである父を持ち、偉大になるであろう息子を持つものの平凡な父親である一般庶民なので、宮崎駿先生や宮崎吾朗の苦悩は想像するしかないのだが、この二人の境遇を察するに、とても大変なのだろうとは思う。

宮崎吾朗もそれなりに優れた人物だろうとは思うが、やはり、というかいつもながら、宮崎駿先生の言葉には、納得させられる、というか、私の乾き始めた心が強く揺さぶられる。

宮崎駿脚本、宮崎吾朗監督の「コクリコ坂から」の制作中、東日本大震災が発生する。余震が続き、また電力が不安定な状態が続き、計画停電も行われる中、制作会議で、数日間会社を閉め、社員も、「混乱を避けるため」全員が半ば強制的に会社には来ないように、という決定が出された。

これを知った宮崎駿は激昂する。「誰がそんなことを言ったんだ!」宮崎駿先生としては、クリエイターは制作現場を離れてはいけない、生産現場を維持しなくてはならない、とのこと。鈴木プロデューサーは、「来れる人や来れない人がいて混乱が生じる」というものの、駿先生は引き下がらない。「混乱ってなんだ。どういう混乱があるのか。来れない人がいても仕方がないが、来れる人は来るべきだ。」(うろ覚えなので若干違うかも知れない。)

日本人の悪い癖だと私は思うのだが、何かが起こるとすぐ、「混乱が生じる」とか「問題が起こるかもしれない」などという、オブラートというか、曖昧な表現で、消極的な行動に出ることが多い。そういう言葉が出ると、自動的に思考が止まり、何をすべきか、何を止めるべきか、という判断ができなくなってしまうことがあると思う。以心伝心の文化がある日本では、そういうことが長所になることもあるが、短所になることも多い。

宮崎駿先生は、そういうところを諌めているのではないか。日本全体が悲観的なムードに包まれる中、世にメッセージを送る立場の人間として、どういうことをすべきなのか。

私は、宮崎駿の優れた共感できるメッセージ性のある言葉、その力強さに(いつもながら)大きな感銘を受けるとともに、氏の制作に対する並々ならぬ熱意と覚悟を感じた。

なお、宮崎駿監督作品には、上記で挙げたもの以外にも名作が数多くあるが、その中の1つ「魔女の宅急便」については、以下に詳しいレビューがある。
魔女の宅急便のレビュー

「ゲド戦記」について

私は、宮崎吾朗監督の初作品「ゲド戦記」を最初見た時、とてもがっかりしたのを覚えている。宮崎駿監督の遺伝子を受け継いだ人がどんな作品を出してくれるのか、とても期待していた反動もあったのかもしれない。

宮崎駿監督には、これからも名作をいっぱい私達に残してほしいが、残念ながら、人は永遠に生き続けることはできないし、また、一本のアニメ映画を完成させるために必要とされる体力や労力を考えれば、宮崎駿監督が優れた作品を残せる時間は限られていると思う。だからこそ、宮崎吾朗監督にはとても期待していたのだが…。

私の「良い作品に出会う」という願望が、アニメ映画について言えば、これからは叶えられないのかも知れない、と思ったほどだ。

しかし、最近になって、この「ゲド戦記」をもう一度見る機会があった。

前に観た時ほど、悪い印象は無かった。明らかに未熟な部分はあると思われたが、普通のアニメ映画を比べて、劣るというほどでもない(もちろん、ジブリスタジオ自体のレベルの高さも影響しているとは思えるが)。私自身、宮崎吾朗監督に期待しすぎるあまり、あまりにも高い要求をしていたのかもしれない。また、「ゲド戦記」にも、優れた部分が時々見られた。ただ、技術的にそこをうまく表現できていないとも思う。そこをどう昇華させるのか。

ゲド戦記 [DVD]

少なくとも、今回のドキュメンタリーで、「コクリコ坂」に対する吾朗監督の取り組み方を見て、少し期待できる部分があるのかも知れない、と思った。

ただ、少し気がかりなことがあった。番組の冒頭で、吾朗監督が駿監督の助言をあえて聞かない、と駿監督の助言を頑なに拒否するというシーンである。

優れた作家、画家、そして監督は、全て優れた先人の模倣から始まる。吾朗監督には、父という、とても偉大なお手本が身近にいる。血縁があるからこそ、そして世間から常に対比されるからこそ、色々と難しいことがあるのかもしれないが、そこを何とか精神的に克服して、父から学び取れるところは全て学んでほしい。そのうえで、吾朗監督でしか表現できないところをうまく表現できるようなコツを習得してほしいと願っている。

それにしても、良いドキュメンタリー番組だった。再放送の予定は、このページに掲載されるのだろうか。
「ふたり」番組公式ページ

関連記事
ジブリアニメを支える美術職人

スポンサーサイト

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。